bonar note

京都のエンジニア bonar の技術的なことや技術的でない日常のブログです。

芸術とフレームワーク

音楽への愛を感じる素晴らしいトラックバックを頂きました。

自動演奏と脳内音楽

「本物の」音楽と、この自動補正された演奏との違いは何か。でもそれってあんまり簡単じゃない。うかうかすると、哲学的になっちゃう。

これは非常に考えさせられます。僕の悶々と悩んでいるもののど真ん中で、勉強になります。これを機に今の時点での考えをちょっとまとめてみようと思います。

以前のエントリ:電子ピアノにおける演奏の自動補正

あと、前回張っていなかった開発レポジトリへのURL等を。まだ全然未完成で、さあどうぞっていう感じじゃない(デモ用のコードが山ほどは行っている)のですが、現在の作業場です。
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http://github.com/bonar/bozack/tree/master

選択肢と制御

芸術としての音楽と、その対極にある「自動化、補正」というものは相容れないもののように見えます。ボタンを数回押すだけで出来る自動作曲を「自分の曲です」というのは僕でもやはり抵抗があります。

ありふれた誰でも同じように作成可能なものには芸術としての付加価値が無いわけで、僕のデモではこの選択肢を減らして丸めており、そこが不純なポイントなのかなと思っています。

脳内音楽の外部化

熟練した演奏家/ミュージシャン達は自分たちがイメージした音を自在に楽譜に落とし込んだりその場で演奏が出来ます。この部分に関しては感性というよりもむしろ「スキル」にあたるもので、訓練によって和音を分解する能力や相対音感が鍛えられることによるものだと予想されます。

現状このスキルが無いと音楽を楽しむことが難しく、そこで挫折する人たちの脳内にある無数の名曲が外部化されないまま消えています。脳内の音楽を外部化するスキルを獲得するコストは非常に高く、「自分には無理」となってしまうことが大半です。これは非常に大きな損失で、とりあえず始められる環境が必要だと考えます。

そこで僕は不協和な音を取り除いて別の音に差し替える、というアプローチをしているわけですが、これはやはり「補助輪」で、生まれる曲の無限の可能性を制限して、安全を買っているとも言えます。

しかしこれは現代楽器のほぼすべてにも同じことが言えます。

12平均律も補助輪

ピアノは1オクターブを12個の鍵盤で表現します。ピアノに限らず現代楽器のほぼすべてが C C# D D# E F F# G G# A A# B の12音を出す設計になっており、これを12平均律と言います。1オクターブ内のそれぞれの半音ずれの周波数比を 2^(1/12) にするというもので、和音の響きを守りながら転調がしやすいように設計されたモダンな調律です。

音は1オクターブあがると周波数が倍になります。この2倍の中の無限の周波数の中から任意の12個のみに限定しているのです。これは音楽をつくるための合理的な妥協で、これもやはり補助輪であると言えます。

つまり、選択肢を制限されたことで現代音楽は多くの可能性を捨てているにもかかわらず、その便利な調律によって豊かな芸術世界が生まれていることになります。sin/cos波だけが出るデバイスがあって、さあ演奏しろと言われても誰もやりません。

なので、この辺は失うものと便利になることのバランスなのかなと思っています。

不協和について

自動補正のプロセスに沿ってみよう。「不協和」かどうかってのは、もちろん文脈によるわけだ。でも、じゃその「文脈」って何だ?という問いに、僕らは簡単に答えられるのかといえば全然無理。例えばドとレが同時に鳴るとき、それが不協和じゃないと主張するとき、僕らはどんな「重なり」や「移り変わり」を頭に思い描くのだろうか。

ここもすごく難しい問題ですね。。

狭い意味での不協和度はコンテキストによらず一定だと考えます。同一オクターブ内では半音ずれ(ドとド#)が最不協和となり、曲の中のどの部分に現れても変わりなく不協和となります。

ある2つの音があり、その周波数を f1, f2 (f1 < f2) とした場合、その2音の音程x_{12}は以下の関数で求められ、
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その2音の不協和度は以下の式で直感に近い値が求められます。
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# v12は2つの音量の積、alpha1-3, beta は定数

非常に多くの定数が出てきて、なぜこうなるのか僕も勉強中なのですが、まだ完全に理解したとは言えない感じですね。。上記の式/定数は以下の論文のものをそのまま使っています。

和音性の計算法と曲線の描き方 : 不協和度・緊張度・モダリティ - 藤澤 隆史, クック ノーマン D.

一般的にピアノの様な弦楽器は(というか音叉等を除くほとんどの管弦楽器は)弾いたその音だけではなく整数倍の周波数を持つ「倍音(整数倍音)」を引き連れているため、各音がつれている倍音同士についても同じ計算を行い合算します。オクターブ4のド(C) と他の音の不協和度を計算すると以下のように求められます。

これを用いて鍵盤の不協和マップを作ります。黄色い部分(C4=48) が押しているキーで、赤い鍵盤ほど同時にならすと不協和になることを示しています。

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さらにオクターブ4のE(ミ)を追加してみます。

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A#〜F のあたりは真っ赤になって、Gのあたりから押せそうです。この C-E-G は C Major ですね。もうひとつ音が追加されると、さらに選択肢が狭まります。 A3 を追加してみます。

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どんどん押せるところがなくなってきます。ただし、例えば6音同時に押されているような場合には、ハーモニー全体における特定の2音のもつ責任は相対的に低くなるので、厳密には多少不協和なものも気にならなかったりします。また、ピアノのような楽器だと、打鍵した瞬間から音量が急速に落ちるので、少し打鍵タイミングをずらすだけで不協和感は大幅に低減します。和音に比べてメロディの連なりが自由なのはこのせいだと思われます。

実際の演奏ではたくさんの音が同時に鳴りめまぐるしくコードが進行するため、これらの不協和を受容することが出来ます。受容するというよりはむしろ、そのザラっとした感じを積極的に打ち出していったりもするので、問題を複雑にしていると思います(不協和、だがそれがいい)。なので、ハーモニーとして素敵かどうかと周波数計算として不協和かどうかはわけて考える必要があると思います。

まとめ

とはいえ始まりはそこだったとしても、音楽の切れ端のようなものがそこから脳内に生まれ、すこしずつそれが大きくなることだってあるだろう。誰だってそうして成長してきた。

激しく同意です。その場を楽しんでそれで終わってもいいですが、そこから「僕は自分で全部弾く」ってなる人が出てくるかもしれません。また、補正された音楽が誰かを感動させる可能性もあります。

100 まで行けなくても、0 から 1 に行ける道をつくりたいですね。